あやめ

 

ジャニーズJr.祭り単独公演の松村北斗くんが、ソロで加藤シゲアキさんの「あやめ」を歌った。失礼ながら「あやめ」は以前ちらっと聴いたただけで、しっかり聞いたのはこのとき、北斗くんの歌声で聞いたのが初めてだった。

なんて美しい歌だろうと、横浜アリーナに風が吹いたような、空の匂いが降ったような、そんな衝撃を受けた。

直前が京本大我くんのソロ「茜空」(作詞京本大我、作曲手越祐也)であり、それまで客席が夕焼けのような照明に包まれていたからなおさらだった。こんなに2曲のソロで風景が浮かぶ繋ぎになるなんて!!??デビューはしてほしいけど、既存曲とオリジナル曲を混ぜてコラージュのようにコンサートを構成できるのはJrの特権だな~~と思ったりした。

 

無事新社会人の幕が上がり、心が落ち着いたので、あまりにも時差だけどようやくNEVERLANDの映像を見たりアルバムを借りて「あやめ」を聴いた。

割と狭めな感覚と加藤さんに関しての知識は皆無ということで、とっ散らかってるし今更という話も、どこかに答えのある話もあるかもしれないけれど、歌詞を聞いていろいろ考えたことを雑多に記します。

 

 

 

なぜ「あやめ」なのか。

 

 

 

決して空想 夢想の彼方

決して空想 夢想のあなた

 

 

ここを聴いて思い出したのが小学校の国語で習った「山のあなた」(カール・ブッセ、上田敏訳)。

歌詞カード全然見てなくて普通に引用かと思ってた。わたしと小鳥と鈴と、と同じくらいの年代に習ったと思うんだけどなぜかずっと記憶に残っていた詩。今回15年ぶりとかくらいに調べた。

 

 

山のあなたの 空遠く

「幸」住むと 人のいふ

噫(ああ)われひとと 尋めゆきて

涙さしぐみ かへりきぬ

山のあなたに なほ遠く

「幸」住むと 人のいふ

 

-(カール・ブッセ、上田敏訳)

 

 

 

山のあなたって誰だよ、と小学生のころの私は心で突っ込んでいたら先生が「あなた」というのは「彼方」という意味で、山のむこうの遠くに「幸せ」がありますよとある人が言うから行ってみたけれど、「幸せ」は見つからなくて涙ながらに帰ってきた。そうすると山のむこうのもっともっと遠くに「幸せ」はありますよと言われて…、、

 

とかいうのを授業では習ったのだけれど、(そういえばその先生は新任だったので今の自分とほぼ同年代じゃんということに気付く)今思うと「貴方」と「彼方」はかけているんだろうなと思う。

 

山のあなた は「幸」の住む場所であり、私は「あなた」を探している。

 

 

「あやめ」も、幸せを探している曲なのかもしれない。

 

 

そもそも「あやめ」は英語でIris(イーリス、アイリス)と表記する。

Irisにはもうひとつ英語で虹彩ギリシア語で「虹」という意味がある。

 

なんでそうなったのか気になって調べると、イーリスとは虹の女神の名(虹そのものの神格化)であり、あやめはその聖花だった。虹彩のほうのIrisも女神イーリスを語源としている。

 

 タイトルの「あやめ」は最後の歌詞の"虹を歩いてく"に対応していた。

 

歌詞中に、ゴッホが登場する。

ゴッホ「あやめ」という作品を描いていた。

 

ゴッホ色覚異常だった、と言われている。

しかし、あの色使いはゴッホの目だったからこそ生まれたものだ。異常とはなにか。私たちの言う正常、ふつうとはなにか?

ここで「愛」について「ゴッホも描けないほどの」と表現されている。

ゴッホが描きたかったのは何か。

 

私はいま見えている世界しか知らない。

青と藍と紫の色の名前による区別は誰かが決めたことであり、そこにはっきりとした境界線はない。

私が「紫」と教えられた色は、ほかの人の目にも私の思う「紫」に映っているのか?

ゴッホの絵はゴッホにしか見えない。

 

 

ゴッホは「愛」を描きたかったのか?

ゴッホは「世界」を描きたかったのではないか。

 

世界は心の奥底にある

 

 世界は自分の中にある。自分が創ることができる。自分にしか見えない。

世界中の人の心の中に世界がある。

 

 多彩な色を使用して「世界」を追い求めたゴッホよりもっと愛を幸せを探してやる。

 他の人の力なんていらない、跳躍すればいい。

  

 

決して空想 夢想の彼方

今だけはそばにいて

離さないで

 

決して空想 夢想のあなた

今だけはキスしてよ

 

 

最初、恋愛の歌で、女の子をあやめに見立てているのかと思った。

それだけじゃないかもしれない。

山のあなた」の通り、あなた・彼方が「幸せ」だとしたら?

 

ここでSixTONES単独公演の北斗くんの演出を思い出した。

彼はあやめと踊っていた。

散らばったあやめを集め、ときに女性のように扱い、ときに失望して投げ捨て、胸に抱いた。記憶喪失なのでフル映像が欲しい。

 

 

「あやめ」は、イーリスが虹そのものの女神であるように、「あなた」という「幸せ」の擬人化なのではないか。

 

 

北斗くんはこの歌を歌いながら、幸せを一つ一つ集め、幸せに失望し、幸せを抱いた。

 

 

僕は幸せを探して生きていく。

虹を歩いてく。

 

 

 

 

いやーーーーーこの曲を作り上げた加藤シゲアキ先生が大天才なのはさることながら、

この曲をカバーするにあたって演出であやめを抱いた北斗くんも天才では!??

フルではなかったので語り部分はカットだったけれど、それでも充分すぎるくらいの想いが伝わった。

 

 

もし北斗くんのあやめを見たことがなくてジュニア情報局入ってたりお知り合いに入ってる方がいらっしゃったら是非jr情報局動画#25の13:08~に北斗くんのあやめが少し見れるので見てみてください……ちなみにそのちょっと前には大我くんが手越くんが作曲してくれた茜空歌ってるのでそちらもぜひ…

 

 

 

こんな勝手に考察しといて結論が3月26日に戻りたいにしかならないのは本当にやばいんだけど、

 

また見たいような世界をさらに広げてほしいような…

せめて新しく北斗くん知った人にはメモリーボムあたりでなんとかしたい。